アフリカに8ヶ月滞在した僕が伝えたいこと

 

今回は少し真面目なテーマ。

 

2017年の6月から8ヶ月間、東アフリカ(タンザニアルワンダウガンダ)に滞在して、

 

伝えたいと思ったこと3つをまとめます。

(5月にはフィリピンに行っていたので正味9ヶ月間の新興国生活)

 

 

日本が一番っていう信仰を捨てて 

ボーダレスになってもリスペクトは忘れないで

文化や人の成熟とテクノロジーの発達は比例しない

 

日本が一番っていう信仰を捨てて

 

日本が素晴らしい国だということは紛れもない事実。

 

食べ物は美味しいし季節によって楽しめるものが様々あるし治安はいい。

 

日本製のプロダクトやカスタマサービス、電車などの交通インフラもかなり便利。

 

神対応】と言う言葉に象徴されるように、迅速且つ的確な対応が常に期待され、

 

それが当たり前になっている。

 

一方僕が過ごした3カ国では、娯楽になるようなエンタメはないし、

 

ちょっと困り事があっても、すぐに対応してくれることは多くはない。

 

クレカが吸い込まれて明日戻ってくるといわれて結局戻ってきたのは二日後。

 

購入したものが壊れていて、「リファンドして欲しい」と言ったら、

 

「それは出来ない。」と言われる。

 

日常的に気軽に使える電車はおろか、場所によってはタクシーさえ疑わなければいけないこともある。

 

それを日本目線で【不便・あり得ない・やっぱりまだまだなんだ】と言うことは容易です。

 

そしてそのロジックから、最後たどり着くのは【日本最高】という考え。

 

でもちょっと待って。日本のような迅速で的確な対応は出来なくても、

 

困り事があれば相談に乗ってくれるし、一緒に動いてくれる人もいる。

 

レストランで思ってたのと違ったものが来て、それが結局僕の間違いだったときも、

 

もの凄く真摯に対応してくれた。それが日本レベルでなかったとしても、

 

【何とかしたい】って気持ちは本物。そこに目を向けて欲しい。

 

オーダー取るときもウェイターが一緒にイスに座るなんて日本では考えられない。

 

だけどちょっと提供が遅れたからと言って騒ぎ立てる客のために働くのと、

 

そんな友達感覚で接してくれるお店ならどちらを選びますか?

 

ボーダレスになってもリスペクトは忘れないで

世界はどんどん繋がって、ボーダレスになってきてます。

 

日本からアフリカへも1日半あれば行けてしまう。だけどどんなに狭くなっても、

 

その土地の文化や慣習までが決して変わるわけではない。

 

それをきちんと忘れずにいたいなという自戒の意味も込めて書いています。

 

仮にお隣の中国や韓国であったとしても僕らはそこにお邪魔しているわけです。

 

「彼らだって日本に来て日本のルールを守ってないじゃないか」という考えも分かります。

 

でもだからと言って彼らのルールに従わなくていいとはならないはず。

 

それはもはや、数千年前に作られたハムラビ法典と同じです(目には目をのくだりね)

 

次のテーマでも書くので省きますが、精神的に、文化的に成熟するとはそういうことではないでしょうか。

 

文化や人の成熟とテクノロジーの発達は比例しない

日本では、ダウンタウンの浜田が黒塗りしたことが差別的だと問題になりましたが、

 

こっちに来れば僕らが差別用語言われまくりです。

 

アフリカの国々は、テクノロジーの発達により従来の国よりも驚異的なスピードで経済成長をしています。

 

しかしだからと言って、文化や人々の精神的な成熟がそれにキャッチアップするかと言われたらきっと別なんだろうなと最近思います。

 

アフリカには古来からの伝統的な暮らしや食べ物、文化がありますが、

 

ここではその文脈より、グローバル社会という位置づけで読んでもらえたらと思います。

 

日本経済も戦後急速に発達しましたが、

 

その当時今ほどの成熟した社会ではなかったのではないかと思うのです。

 

オイルショックが起きて石油製品が出回らなくなるとなれば他人を考えず買いだめ。

 

これはビートたけしの本で読んだものですが、

 

経済成長真っ只中だった当時の日本人が世界中の国に、

ちょうど今の中国のように団体で押し寄せ、ブランドものを買い漁って嵐のように帰って行く。

 

ブランド価値とかはどうでもいい。ただお金があるから良いものを身に付けたい。

 

正直に言って、何ともみっともない旅の仕方だなと僕は思いますが。

(その国をより知れるような旅が好きだから)

 

しかし時間が経って日本人のマナーや、礼儀正しさが世界で注目されるように。

 

元々そういう精神性はあったのかも知れないけれど、

 

ある程度の時間を経て精神的にも成熟していったのではないか、そんな気がします。

 

何が言いたいかというと、人の成長には、かけなければいけない時間が存在するということ。

 

それは例えば漬け物のようなもので、「美味しい漬け物を漬けるには5日間必要」だとして、

 

それを無理矢理3日にすれば変なものが出来上がってしまう。

 

人間も、人間が営む社会もそれと同じなんじゃねぇかと思うわけです。

 

 然るべき時間をかけて成長していく。そこには経験したくもないことがたくさんあるはずです。

 

僕もアフリカ滞在中、自分が何してるのか、

 

これからどうしたいのかを見失って辛い時間を過ごしたこともあったけど、

 

自分が成熟していくには必要な時間だったんだろうなと今では思えます。

 

だから今後も、いくつになっても盛大に道に迷いながら、頭抱えて悩みながらも、

 

着実に自分が成長しているって信じて進むことが出来る、

その為のマインドセットを一年かけて築けたんだと思いたい(笑)